作曲を勉強する上で、和声や対位法などの理論の学習のみならず、偉大なる先人たちが残した作品を分析し、それらの作品から、技法だけでなく、音楽の神髄と申しましょうか、音楽の奥深さを学ぶのも大切だと思います。
私が学んでいたカナダの王立音楽院の楽曲分析のクラスでは、主に、バッハ平均率クラヴィーア曲集、ベートーヴェンのピアノソナタ、シューベルトの歌曲、および現代作品を分析していきました。1回の授業で最低2〜3曲は取り上げるので、予習が大変でした。
現代作品の分析では、クラスを担当している先生ご自身が編集したテキストを使用しました。現代音楽で用いられている素材(全音音階、五音音階、旋法、クラスター、四度和音など)を含む小品が掲載されていて、どの曲に、どのような素材が、どのような手法で用いられているかを分析していきました。
下の写真はその時に使用したテキストです。
piano miniatures, Stephen Satory, chorale publishing |
テキストには、バルトークやプロコフィエフの小品に混じって、先生のオリジナル作品が含まれていました。私もいつかこのように、自身の作品を含むオリジナルテキストを用いて、楽曲分析を教えてみたいと思ったものです。
ところで、日本では、邦訳されたものも含めて、現代音楽作品の分析法について扱った本はあまり見かけないように思います。代表的な作曲家の作品を解説したもの、音楽史的なもの、読み物的なものは結構あるのですが、現代作品を読み解く上で、どのような音楽的素材がどのような手法で用いられているのかを探るための、基本的なアプローチ法を扱った本は少ないように思います。また、出版されても、「現代音楽=難解、意味不明」と敬遠されがちで需要も少ないのか、すぐに絶版となってしまうケースが多いようです。
でも英語圏では、日本とは比べようもないくらい人口が多い分、現代音楽に対する需要も多く、現代音楽の「しくみ」を扱った本がたくさん出版されています。
中でも、カナダで師事した作曲の先生から薦められた↓の本「Materials and Techniques of Twentieth-Century Music」は、現代音楽の手法がコンパクトにまとめられていて、一通りのことを学ぶには、丁度良いと思いました。
このようにして現代音楽を勉強しましたが、やはり仕事としての作品は、圧倒的に「聴きやすい」ものが求められますので、古典的和声感を鈍らせないためにも、時間と余裕があるときはべートヴェンのピアノソナタを毎日1曲ずつ弾くようにしています。
ベートヴェンのピアノソナタは、初期のものはモーツアルトっぽいものもあるのですが、後期になると、1曲で全調を網羅していると思われるもの、無調的な要素を含んでいるものも見られます。また、バッハをおもわせる対位法的な曲や、ショパン的な旋律書法を彷彿させるもの、ワーグナーに通じる和声感を思わせるものもあります。
ですので、このベートヴェンのソナタ32曲をさらうことで、バロックから後期ロマン派にかけての手法を辿っていることになるな、と感じているのです。
べートヴェンのソナタを弾いていると、おこがましくも、作品を通じてベートヴェンと対話しているような気分になってきます。
「この曲の次に、この調のこの曲想の曲を置いたのは意図があるのですね?」「ここは、なかなか解決しないなあ」「うーん、こう来ましたか。なかなか大胆な転調をしていますね」「ここに主題の断片が見え隠れしていて、なかなか面白いですね」などと心の中で問いかけてみたり...
結構楽しいです。
分析していくと、ベートヴェンは、このピアノソナタの作曲を通して、現代の音楽に通じるといっても過言ではないほど、かなり革新的な試みをしていたことがわかり、大変勉強になります。彼の後に続くロマン派の作曲家たちのみならず、シェーンベルクやバルトーク他、たくさんの20世紀の作曲家たちもベートヴェンのピアノソナタを深く深く研究したそうですが、それも頷けます。
私もベートヴェンの作品からたくさんのことを学んでいきたいと思います!
【追記1】
現代音楽の作曲技法の一つ、12音技法を編み出した作曲家として知られるシェーンベルクは、大変熱心にベートーヴェンについて研究したようで、彼の書「FUNDAMENTALS OF MUSICAL COMPOSITION」(翻訳本タイトル:作曲の基礎技法)には、ベートーヴェンのピアノソナタの譜例が数多く掲載されています。「題名のないもの(作品番号のみ記載のもの)は、すべてベートーヴェンのピアノソナタである」と註釈があるほどです。このテキストは、ベートーヴェンの作品を通して、楽曲分析するための手引き書としても大変有意義なものだと思います。
日本語のタイトルが「作曲の基礎技法」となっていますので、作曲専攻向けのテキストという印象を持ちますが、このテキストの前書きに
まず、第1に、作曲にも音楽にも、特別の才能を持たぬ普通の大学生のためにとあるように、作曲のためのというより、音楽の勉強の入口のためのという位置付けのように思います。 楽式の勉強に近いかな、と感じました。
原著タイトルにある「composition」には、「作曲」の意味のほかに、「構成」「構造」という意味もありますから、「musical composition」の訳は、「音楽構造」という意味にも取れ、全体の訳は「音楽構造の基礎(原理)」でも良いように思います。
本文には日本語訳がぎこちないかな?と感じる部分もあり、少々読みにくい面があることも歪めませんが、作曲専攻の方のみならず、音楽を勉強している多くの方にぜひ読んで勉強していただきたい1冊です。
【追記2】
最近、ベートーヴェンのとてもポピュラーな曲(ピアノを習っている子どもが一度は弾いてみたいと思う曲です!)の楽譜を眺めていて、シェーンベルクやヴェーベルンの書法(Pointillism)に通じる部分がある、と気づきました。
シェーンベルクは、自身の著で、自身の作曲技法はベートーヴェンを深く研究したことに由来していると述べていますが、もしかしてこの曲から何かインスピレーションを得た!?
などと、考えたりするのって、とても楽しいです。(^ ^)
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